2011年12月31日
おおみそか2011
昨年インドに渡航した期日をとうに過ぎ、早、おおつごもりである。
前の日記から3か月。最近ではツイッタばかりで思考も単発になっていかん。
卒論執筆の真っ最中ではあるけれど、どうせなら今年を少し振り返っておきたい。
12月17日18日、第2劇場「パラダイス・ガラージ」好評のうちに終演いたしました。
今回は、作演にしても内容にしてもホールにしても客演さんにしても1drink制にしてもDJにしても、
2gekiとして新しい試みが沢山の公演だった。
ご来場の皆様、ありがとうございました。
そして見逃した皆様、残念でございました。
また次回をお待ちください、といって出来る公演でもないと思うので。今回のは。正真正銘。
なんか、こんな楽しかった公演って初めてかもしれないって言うくらい楽しかった。
衣装探しはめっちゃ楽しかったし踊るのも楽しかったし、台本読むのも稽古も楽しかったし(そんなことってある?笑)
あ、髪の毛も染めたし初めて!赤に。これ→http://littlebirds-j.jugem.jp/?eid=1952
もちろん小屋入りしてからも目まぐるしく楽しかった。
それまで、キャストが決まらないとかキャストが降りそうとか演出が来ないとか台本が改訂とか紆余曲折あったりしたんだけれども。
ていうか今考えると結構いろいろあったな。それでも余りある楽しさだった。
それは多分こういうことだった、と今思いついたのだけれど、
自分の気持ちに反したことをしていないことが、あの楽しさを生んだのかなあと思った。
それは、今までどれだけ自分が主体的に関わろうとしなかったんだっていうことや、
演出家や共演者と話をしなかったんだろうってことへの反省も同時に。
でも今回は、一緒にやりたい人とやりたいことやれたし、そういうのもよかったのかな。
職業としての俳優はやりたい人やりたいもの選べないかもしれないけど、
アマチュアが集まって企画としてわざわざやっているのに楽しくないのってやっぱりおかしいことだろう。
何のためにアマチュアでやってんだ。
なんかそれは、(今回私の企画なわけでもないけど)うちの劇団の枠を超えて、
もっと新しい形態での公演だってできるし、ちょっとやってみたいなっていう思いにつながった。
自分でもびっくりしている。
それがいつになるのかどういう形になるのかは全くわからんし考えてもないんだけども。
わたしはYとして踊れて・彼らを新しいところへ連れて行く手伝いができて、本当によかった。
あ。そうか。ある世界を世界たらしめるために。存在させるために。つなぐために。
そういう(自分の)芝居がしたいとずっと考えていたのが、今回少しはできたと思うからかもしれない。
わたしは別段芝居自体が好きなわけでもないですが、なにか、世界を成立させるために、
つないでいくようなことができたらとはずっと思っています。
こんなことを言うと、演劇の神様に対して失礼かな。
いや、きっと懐ひろいはず。
ここまでが長い。
介護について。
こないだ彼女と喋って、わたしが「自分のオーナー」になりたいって言うのは、経済的なことだっていうことが分かった。
タイパンツが介護に効くという自分ジンクスを確立させたので、いつもタイパンツ。
思考の反応速度は相変わらず遅いし、彼女とわたしを同一視してしまう駄目な瞬間もまだある。
彼女の言う「いっぺん頭を打った方がいい」っつーのが、
「他者とのかかわりの中で」という注付きのものだったことがわかって、膝を打った。謎が解けた。
もっと、世界を知りたい。
在日も、辺野古も、釜ヶ崎も、原発も、TPPも、ハシズムも。
自分の意見を持っていたい。
そしてやはり、いく度に生活基盤というものは間違いなく重要だということを再確認するので、まだしばらくは通うと思う。
交際について。
彼を取り巻く環境に劇的な変化があり、いろいろ考えた。まだ考えている。
わたしも自分のこれからのことを考えた。悪い想像ではない。
日々がいとおしい。以上。
仕事について。
ものすごくお褒め頂くことがあり、新年からもお仕事を頂けそうで、すごくありがたくうれしい。
ほんとにこの仕事好き。身体が直結しているし、研ぎ澄まされる。
そしてやる気をいただける。まだまだ続けたい。
しかし、「ずっと」続けるというのとはまた別の問題だ。2ヶ年計画を自分の中で立て始めた。
Wワークも始められることになった。続くか向いてるかわからないけど、ためしにやってみよう。なんでも。
そしてお金を貯める。当面の切実な問題である。
卒論。
結局、3・11後の食をめぐるはなしにした。
もう汚染のことを考えずに過ごす日はない。
春から夏にかけて、もうすでに体内に入れちゃってるかもしれないけど。放射能。
川上弘美「神様2011」を読んだ。あれを読み読み、ふつふつとした怒りを湧き上がらせて書いている。
慣れっこになっちゃ負け。慣れないとやってけないのかな。そんなことないよな。
卒論おわったらデモも行きたいし署名活動もしたいし抗議行動したりしたい。
わたしの関心は社会に向いた。やっとかよ。おせえよ。
せっかくもってこいの専修に4年もいたのに。もったいないなあ。
もう、自分で切り開く。他人任せにしてても誰も代わりにやってはくれない。
それがよくわかった。ちいさくともやらないよりは、まし。
今年はほかの人に少しは目が向けられた年かなと思う。自分が自分が、ではなく。
2012年は、行動を起こそう。実行に移そう。働きかけよう。
なにに?
他者に。世界に。そして自分の内面世界に。
ちゃんと卒業出来たら、晴れて自由人・フリーターですよ。
いっぺんなってみたかった。そして絶対に、このままではいない。
ヨガ、英語、社会情勢の勉強、家事料理、貯金をする。
そして、ぜひ、踊り始めよう。
すごい1年でしたね。
きっと、来年も。
よいお年をお迎えください。
2011年09月23日
さらば夏休み
夏休みは2か月もあったというのに。もうすぐ終わります。
近所の田んぼのあぜ道には彼岸花が咲いているし。
2度の台風が秋を連れてきた。もう長袖の季節。
明日から瀬戸内の旅に出かけるので、色々整理するために久々の日記を書きます。
でも頭の中が何も整理されていないので、順番は前後します。
最近何してたんだろうと考えても、具体的なことってあまり出てこない。
ごはんもまともに作って食べた覚えがないし。
やっぱりそのせいもあるのだろう。体重が54キロ前半になった。
これは、インド後よりも軽いのである。驚きである。
いやしかし、ここひと月くらい、自力整体に取り組みだしたので、
朝ごはんを食べなくなったというのも関係している。
やっぱり食べないほうがからだの中が爽快。気分も軽やか。
もうこんな感じで行くと思う。
自力整体は、きちんと習いたいな。
ヨガみたいに思想とかではないから、入口さえ開かれれば、老若男女に受け入れられるものだと思う
。
しかも効果はテキメンで、週2くらいの頻度でも大丈夫。なんて素晴らしい。
矢上先生は西宮というこれまた近いところに教室をお持ちらしいので、来年だなーと思う。
こないだはコンタクトインプロビゼーションのWSに行ってきた。
こちらも素晴らしかった。
芝居や介護をしているのにもかかわらず、人との接し方がヘタクソなわたしを、
もっとしなやかな所へ連れて行ってくれる気がする。
コミュニケーションて会話だけじゃない、皮膚感、空気感、雰囲気、
そういうもんを全部、瞬時に受け取って反応しかえす。
スリリングでわくわくした。
わたしは踊りたがりで、でも物覚えも悪いし恥ずかしいので踊れなくて歯がゆい思いをしていたが、
踊りの方法さえ、わかればきっとできるのだ。
でも、方法が分からないと踊っちゃいけないってこともないし、単にやっぱ真面目なんだなー。
真面目。真面目という単語が最近どんだけ自分の邪魔をしているか。
まーしょうがないでしょう。真面目に生まれ育ってきたのだもの。
その割には卒論が進んでいない。
というより、7月から全く手を付けていない。
さらに悪いことには、もはや弁当に興味を失いかけている。
弁当が悪いんではない。そののほほんとした雰囲気が、テーマとしてはもうダメなのだ。
それは、放射能に汚染された食品の問題から始まって、ひとと食べる日々の食であったり、
「いのちの食べかた」を観たことであったり、鷲田清一の本を読んだことであったり、
性と食とか、ファストフードスローフードとか、そういうものがわたしの中でとぐろを巻いていて。
弁当という枠組みでみていくのは確かにまとめやすかったかもしれないが、
それだけでは興味の枠が窮屈に狭められてしまうので。
ほんとうのほんとうはセックスと食のことをやりたいと思ったが、
北原ゼミにかかることをやるのは得策でないと思ったのと、
そういうほんまに知りたいことはお行儀よく論文にするよりも、
人生のテーマにしたほうがいいかなって思ったので、やらない。
まあそういうの考えちゃう機会があったので。食とかかわってる訳じゃないけど。
卒論は食関係であることに変わりはないけど、
ほんとに、今後の<食>の行方自体を、考えてみたい。2万字でそんなんできるんか?
切り口は、「弁当の日」で。こちらを継続。とてもいい取組みなのは確か。
スローフードもいれたいなあ。どうにかならぬか。
ああ、最近の出来事もう一つあった。
ほぼ同居人がほぼ同居人じゃなくなって、ちゃんとルームシェアに戻った。
(今時はシェアハウジングというのかなー。)
こちらは、真っ当なダメ出しが入って、改めて考えた結果。
というか考えるまでもなく。
やはり彼の人間関係に関する考え方というのは、実に筋が通っているな。
世間的に筋が、っていうわけではない。生き方なのだろうな。
わたしは彼ではないので本当のところはわからないし、賛同できない点もあるが、理解できる。
日々ごはんJのスイセイさんの言葉にもあって感激したが、やっぱり「個」なのだ。
夫婦でも、家族でも、親友でも恋人でも、かたまりではきっと長くはやっていけない。
わたしはずっと個と個でありたい。
たまたま一緒にいるのだ。たまたま行き先が同じで、一緒に歩いている。
個であれば、別に恋人じゃなくなっても、家族になっても、離れ離れになったとしても、大丈夫な気がする。
頼ったり期待しすぎたりせずに、自分で歩いてかないとなあと。思う。
さて。12月公演が始動しています。
まだ全然わからない。未知数。
でも、たぶん今までで一番わくわくするな。やらされているわけじゃないからか。
これから1月まで、四足くらいのわらじを履いて頑張るよ。
長くなった。
今日はクラブイベントに行くよ。行くんだ。
近所の田んぼのあぜ道には彼岸花が咲いているし。
2度の台風が秋を連れてきた。もう長袖の季節。
明日から瀬戸内の旅に出かけるので、色々整理するために久々の日記を書きます。
でも頭の中が何も整理されていないので、順番は前後します。
最近何してたんだろうと考えても、具体的なことってあまり出てこない。
ごはんもまともに作って食べた覚えがないし。
やっぱりそのせいもあるのだろう。体重が54キロ前半になった。
これは、インド後よりも軽いのである。驚きである。
いやしかし、ここひと月くらい、自力整体に取り組みだしたので、
朝ごはんを食べなくなったというのも関係している。
やっぱり食べないほうがからだの中が爽快。気分も軽やか。
もうこんな感じで行くと思う。
自力整体は、きちんと習いたいな。
ヨガみたいに思想とかではないから、入口さえ開かれれば、老若男女に受け入れられるものだと思う
。
しかも効果はテキメンで、週2くらいの頻度でも大丈夫。なんて素晴らしい。
矢上先生は西宮というこれまた近いところに教室をお持ちらしいので、来年だなーと思う。
こないだはコンタクトインプロビゼーションのWSに行ってきた。
こちらも素晴らしかった。
芝居や介護をしているのにもかかわらず、人との接し方がヘタクソなわたしを、
もっとしなやかな所へ連れて行ってくれる気がする。
コミュニケーションて会話だけじゃない、皮膚感、空気感、雰囲気、
そういうもんを全部、瞬時に受け取って反応しかえす。
スリリングでわくわくした。
わたしは踊りたがりで、でも物覚えも悪いし恥ずかしいので踊れなくて歯がゆい思いをしていたが、
踊りの方法さえ、わかればきっとできるのだ。
でも、方法が分からないと踊っちゃいけないってこともないし、単にやっぱ真面目なんだなー。
真面目。真面目という単語が最近どんだけ自分の邪魔をしているか。
まーしょうがないでしょう。真面目に生まれ育ってきたのだもの。
その割には卒論が進んでいない。
というより、7月から全く手を付けていない。
さらに悪いことには、もはや弁当に興味を失いかけている。
弁当が悪いんではない。そののほほんとした雰囲気が、テーマとしてはもうダメなのだ。
それは、放射能に汚染された食品の問題から始まって、ひとと食べる日々の食であったり、
「いのちの食べかた」を観たことであったり、鷲田清一の本を読んだことであったり、
性と食とか、ファストフードスローフードとか、そういうものがわたしの中でとぐろを巻いていて。
弁当という枠組みでみていくのは確かにまとめやすかったかもしれないが、
それだけでは興味の枠が窮屈に狭められてしまうので。
ほんとうのほんとうはセックスと食のことをやりたいと思ったが、
北原ゼミにかかることをやるのは得策でないと思ったのと、
そういうほんまに知りたいことはお行儀よく論文にするよりも、
人生のテーマにしたほうがいいかなって思ったので、やらない。
まあそういうの考えちゃう機会があったので。食とかかわってる訳じゃないけど。
卒論は食関係であることに変わりはないけど、
ほんとに、今後の<食>の行方自体を、考えてみたい。2万字でそんなんできるんか?
切り口は、「弁当の日」で。こちらを継続。とてもいい取組みなのは確か。
スローフードもいれたいなあ。どうにかならぬか。
ああ、最近の出来事もう一つあった。
ほぼ同居人がほぼ同居人じゃなくなって、ちゃんとルームシェアに戻った。
(今時はシェアハウジングというのかなー。)
こちらは、真っ当なダメ出しが入って、改めて考えた結果。
というか考えるまでもなく。
やはり彼の人間関係に関する考え方というのは、実に筋が通っているな。
世間的に筋が、っていうわけではない。生き方なのだろうな。
わたしは彼ではないので本当のところはわからないし、賛同できない点もあるが、理解できる。
日々ごはんJのスイセイさんの言葉にもあって感激したが、やっぱり「個」なのだ。
夫婦でも、家族でも、親友でも恋人でも、かたまりではきっと長くはやっていけない。
わたしはずっと個と個でありたい。
たまたま一緒にいるのだ。たまたま行き先が同じで、一緒に歩いている。
個であれば、別に恋人じゃなくなっても、家族になっても、離れ離れになったとしても、大丈夫な気がする。
頼ったり期待しすぎたりせずに、自分で歩いてかないとなあと。思う。
さて。12月公演が始動しています。
まだ全然わからない。未知数。
でも、たぶん今までで一番わくわくするな。やらされているわけじゃないからか。
これから1月まで、四足くらいのわらじを履いて頑張るよ。
長くなった。
今日はクラブイベントに行くよ。行くんだ。
2011年09月07日
2011年07月31日
もうすぐ8月
7月何も書かないまますぎるのもちょっともったいないので、
福山雅治の大阪城ホールライブに参戦するためやってきた母と妹が寝たのを見計らい、
こうしてPCに向かっています。
もう7月も晦日だ。
わたしは最近、ヨギーニではなくなりました。
いや、正しく言うと、まだヨギーニだと信じていたのだけど、
今日のかなめ先生ヨガで気づかされてしまった。
筋肉がしなやかでなくなった。
重心は低めではあるけど、安定しない。
集中力もない。呼吸も続かない。
ぼーっとしたあたまで、自分に失望を憶えていました。
精神的には、結構充足していたのですけど。
いままでは、精神が不安定になるとヨガをしていないせいにしてたりとか、
実際にほんとうにそう思っていたのだけど、
精神が安定しているからヨガしなくてもいいやなんて思っていたんだろう。
そのつけは確実にからだに返ってきました。
せっかくインドに行って、気づきの瞬間も体験したりして、
からだも心もヨガ方向に行くには絶好のチャンスだったのに、
わたしはそれをみすみす手放してしまった。
それは、子どもが風船を手放して飛んでってしまうようなものなのかもしれないが、
わたしとしては、まだその辺の、大人が手を伸ばしたらとれるような木の枝に
引っかかっている、位の感覚ではいます。
実を言うと、いわゆる、ヨガがわたしに来た!っていう感覚は、まだ味わったことがないのです。
ヨガはいい、すごく賛同できる、心地よい、強くなれる、そうは思うものの、
「ヨガは、わたしの人生になくてはならない。」
何かがなければ生きていかれない、という考えは危険だと思うこともあるから、または
「ヨガがあるから、わたしはわたしの人生をつくっていける。」
ということも出来るかもしれないけど、そういうのは、まだない。
それって、必要なことなんだと思うんだ。何かに魂を注いでいくためには。
何かのきっかけがないと、そんなん、ないんだろうか。
よしもとばなな「王国」シリーズを今読んでいて、思うことはたくさんあるのだけど、
魂をその瞬間にかけるような生き方、5分先なんかではなく今を生きる生き方、
それがわたしのしたいことだなと思った。
その為に、やっぱりヨガは素敵な道具なんだ。この世界とかかわっていくときの。
どうしても、ヨガの考え方とわたしはつながっていると思うので。
ヨガには縁があるとおもっているので。
今は、気長に、付かずはなれずで付き合っていきたいと思っています。
て、おい、離れすぎて今だめなんちゃうんか。
一応夏休みに突入したので、ぜひとも、もう一度あの感覚を取り戻したいと思います。
最近は、大鹿村騒動記みたりBIUTIFULみたりおくりびとをみたり、ゲイバー行ったり、
原発関係のツイッターみたり、ご飯つくったりたべたり、モデルしたりしていました。
なんだか、「生きる」ということについて考えてしまうことが多い。
もう、放射性物質のことを考えずに生きては(生き残っては)いけない世界になってしまった。
そのことを理解しているのはまだ一部かもしれない。どんだけ平和なの。日本。
何はなくとも、こどもだ。彼らを守らなくては。
それを考えたら、未来にこどもを持つはずの自分も身を守らないと、って、繋がんないかなあ。
今が楽しければそれでいいということは、今を生きることとは別物である筈だ。
髪を切ったんです。のっけてもらってうれしい。これ。http://littlebirds-j.jugem.jp/
福山雅治の大阪城ホールライブに参戦するためやってきた母と妹が寝たのを見計らい、
こうしてPCに向かっています。
もう7月も晦日だ。
わたしは最近、ヨギーニではなくなりました。
いや、正しく言うと、まだヨギーニだと信じていたのだけど、
今日のかなめ先生ヨガで気づかされてしまった。
筋肉がしなやかでなくなった。
重心は低めではあるけど、安定しない。
集中力もない。呼吸も続かない。
ぼーっとしたあたまで、自分に失望を憶えていました。
精神的には、結構充足していたのですけど。
いままでは、精神が不安定になるとヨガをしていないせいにしてたりとか、
実際にほんとうにそう思っていたのだけど、
精神が安定しているからヨガしなくてもいいやなんて思っていたんだろう。
そのつけは確実にからだに返ってきました。
せっかくインドに行って、気づきの瞬間も体験したりして、
からだも心もヨガ方向に行くには絶好のチャンスだったのに、
わたしはそれをみすみす手放してしまった。
それは、子どもが風船を手放して飛んでってしまうようなものなのかもしれないが、
わたしとしては、まだその辺の、大人が手を伸ばしたらとれるような木の枝に
引っかかっている、位の感覚ではいます。
実を言うと、いわゆる、ヨガがわたしに来た!っていう感覚は、まだ味わったことがないのです。
ヨガはいい、すごく賛同できる、心地よい、強くなれる、そうは思うものの、
「ヨガは、わたしの人生になくてはならない。」
何かがなければ生きていかれない、という考えは危険だと思うこともあるから、または
「ヨガがあるから、わたしはわたしの人生をつくっていける。」
ということも出来るかもしれないけど、そういうのは、まだない。
それって、必要なことなんだと思うんだ。何かに魂を注いでいくためには。
何かのきっかけがないと、そんなん、ないんだろうか。
よしもとばなな「王国」シリーズを今読んでいて、思うことはたくさんあるのだけど、
魂をその瞬間にかけるような生き方、5分先なんかではなく今を生きる生き方、
それがわたしのしたいことだなと思った。
その為に、やっぱりヨガは素敵な道具なんだ。この世界とかかわっていくときの。
どうしても、ヨガの考え方とわたしはつながっていると思うので。
ヨガには縁があるとおもっているので。
今は、気長に、付かずはなれずで付き合っていきたいと思っています。
て、おい、離れすぎて今だめなんちゃうんか。
一応夏休みに突入したので、ぜひとも、もう一度あの感覚を取り戻したいと思います。
最近は、大鹿村騒動記みたりBIUTIFULみたりおくりびとをみたり、ゲイバー行ったり、
原発関係のツイッターみたり、ご飯つくったりたべたり、モデルしたりしていました。
なんだか、「生きる」ということについて考えてしまうことが多い。
もう、放射性物質のことを考えずに生きては(生き残っては)いけない世界になってしまった。
そのことを理解しているのはまだ一部かもしれない。どんだけ平和なの。日本。
何はなくとも、こどもだ。彼らを守らなくては。
それを考えたら、未来にこどもを持つはずの自分も身を守らないと、って、繋がんないかなあ。
今が楽しければそれでいいということは、今を生きることとは別物である筈だ。
髪を切ったんです。のっけてもらってうれしい。これ。http://littlebirds-j.jugem.jp/
2011年06月18日
お疲れSummer
梅雨もやっとこさ梅雨らしくなって、むしむし暑い。
洗濯物が乾かないのがつらい。
週5、6でお仕事して、今日が今週最後。
もう、仕事は軌道に乗りましたな。
物おじしなくなった。昨日は24ポーズ、今日は22ポーズ。
葉書が来たので、帰りに服屋さんに寄ってSummer Saleの取り置きをしてもらってきた。
なんかおとなな感じ。てかよゆーあるなあ。わたし。
最近なんだかもう学生って気がしない。
草津とか河内長野とか精華とか行ったり。京都のバー行ったり。
遅ればせながら、「ぼく」観ました。
2Gで言うところのファンの集い感は否めないものの、
おとこのこっていーいいなあー。と単純に思った。
いや、みなさん男の子っていう年齢ではないのだけれど。
ばかばかしいことで取っ組み合いのけんかをしたり、恥ずかしいこと言ったり、パンツ一丁になれたり、
なんか男の子の特権じゃないか!くそぅうらやましい!と思った。
まあ、実際のおとこのこはそんなことできなくて、でもしたくて、身悶えしているんかもしれないが。
わたしは小学生のソフトボールをやっていた頃、男の子にコンプレックスがあったので(今はない)、
ちょっとその時の感覚を思い出しました。
でも、普通やったら恥ずかしいこととかを、堂々と、
ちょっと恥ずかしそうにやってもいいんやなっていうのは勇気の出ることでした。
わたしはとっても好きな作品でした。
昨日はアバンギルドで今さんとお話しした。やっぱり舞踏だろう。やりたいのは。
金粉ショーもきれいだった。
12月の企画は、まだわからない。もう少し場所を探してみてもいいかもしれない。
最近の実践:
玄米を食べる。アートに触れる。夜、風呂に浸かる。
そうそう。最近わたしは、ふっと気づいたのです。
自分に絶対評価。相対評価してるから辛くなるのであって。
そしたら、楽になりましたわー。
今のままでも全然いいし、でもおなかでてるのは自分として許せないからちったあ頑張ろう。
仕事とそれ以外で、演じ分けなくていいのも、楽になった理由かも。
単純な頭だわ。
やっぱり体を使う仕事というのは、自分ではそうでもなくても、疲れるのだなと思う。
今日は早く寝ます。
明日こそ卒論を進める。おやすみ。
洗濯物が乾かないのがつらい。
週5、6でお仕事して、今日が今週最後。
もう、仕事は軌道に乗りましたな。
物おじしなくなった。昨日は24ポーズ、今日は22ポーズ。
葉書が来たので、帰りに服屋さんに寄ってSummer Saleの取り置きをしてもらってきた。
なんかおとなな感じ。てかよゆーあるなあ。わたし。
最近なんだかもう学生って気がしない。
草津とか河内長野とか精華とか行ったり。京都のバー行ったり。
遅ればせながら、「ぼく」観ました。
2Gで言うところのファンの集い感は否めないものの、
おとこのこっていーいいなあー。と単純に思った。
いや、みなさん男の子っていう年齢ではないのだけれど。
ばかばかしいことで取っ組み合いのけんかをしたり、恥ずかしいこと言ったり、パンツ一丁になれたり、
なんか男の子の特権じゃないか!くそぅうらやましい!と思った。
まあ、実際のおとこのこはそんなことできなくて、でもしたくて、身悶えしているんかもしれないが。
わたしは小学生のソフトボールをやっていた頃、男の子にコンプレックスがあったので(今はない)、
ちょっとその時の感覚を思い出しました。
でも、普通やったら恥ずかしいこととかを、堂々と、
ちょっと恥ずかしそうにやってもいいんやなっていうのは勇気の出ることでした。
わたしはとっても好きな作品でした。
昨日はアバンギルドで今さんとお話しした。やっぱり舞踏だろう。やりたいのは。
金粉ショーもきれいだった。
12月の企画は、まだわからない。もう少し場所を探してみてもいいかもしれない。
最近の実践:
玄米を食べる。アートに触れる。夜、風呂に浸かる。
そうそう。最近わたしは、ふっと気づいたのです。
自分に絶対評価。相対評価してるから辛くなるのであって。
そしたら、楽になりましたわー。
今のままでも全然いいし、でもおなかでてるのは自分として許せないからちったあ頑張ろう。
仕事とそれ以外で、演じ分けなくていいのも、楽になった理由かも。
単純な頭だわ。
やっぱり体を使う仕事というのは、自分ではそうでもなくても、疲れるのだなと思う。
今日は早く寝ます。
明日こそ卒論を進める。おやすみ。
2011年06月09日
2011年06月06日
しばらく
落ち着くまで。おやすみです。
明確なる自分基準:
体重が53Kg台になる。
ヨガを再開する。走る。
仕事が軌道に乗る。
卒論の題目が決定。
自分のためにすることも、誰かのためにすることも、
自分がやりたいからやる筈なのに、なにかがおかしくなっちゃっている。
境目が分からなくなっている。
それは、まったく望むところではない。
エゴを認めよう。
じぶんのそれを拒絶したり否定したり卑下したりすることなく。
あと、わたしはもっと、人に「なぜ?」を突っ込んでいきたいなあ。
ずっと考えていた。
整理整頓をしよう。それからでも全然遅くないとわたしは思っている。
明確なる自分基準:
体重が53Kg台になる。
ヨガを再開する。走る。
仕事が軌道に乗る。
卒論の題目が決定。
自分のためにすることも、誰かのためにすることも、
自分がやりたいからやる筈なのに、なにかがおかしくなっちゃっている。
境目が分からなくなっている。
それは、まったく望むところではない。
エゴを認めよう。
じぶんのそれを拒絶したり否定したり卑下したりすることなく。
あと、わたしはもっと、人に「なぜ?」を突っ込んでいきたいなあ。
ずっと考えていた。
整理整頓をしよう。それからでも全然遅くないとわたしは思っている。
2011年06月05日
★印度ヨガ修行記(2日目)19Dec2010
この日はあわただしく、あまり日記を書いていない。
朝ごはんに、パハルガンジのマダンカフェ?でBrownbreadのトーストとトマトスープを食べる。
トマトスープは青臭くて残してしまった。
前に来たときにもここでインド初めての朝ごはんを食べた。
なぜならば朝早くからやっているからだ。うまいわけでは決してない。
物乞いに野良牛、パワーカット(停電)、断水、紙のないトイレ。
ああインドだねえと噛み締めながらゆっくりと馴らしてゆく。
プラプラとパハルガンジを歩いていたら、気さくに声をかけてくるカシュミールのにいちゃん。
こいつについて行って狭い店に入り、一緒に写真を撮ったり住所交換したり。
しかし挙句、ちゃちい手編みのポーチを500Rsで買わされた。
拒否ってもよかったけど、「あーあ、こういう展開わかってたのにやっちまったー」
の、勉強代として払いました。値切ってこの値段だからね。どんだけ吹っかけるねん。
自分への戒めとする。まあまあ、初日はぼんやりと始まりますよってことで。
あ、でも、帰国後こいつからほんとに手紙来た。「Friends!」
以前ヴァラナシであったラビっていう青年とメインバザールですれ違って挨拶したり、
早くもスカイプしたりして時間をつぶし、空港へと向かう。
パヤルから宮部みゆき「理由」を持ち出して。
あっという間にチェンナイに着く。蒸し暑い。そして雨。じめじめむしむしと梅雨の気候。
北は明らかに一応冬だったけれど、南は常夏なのだなと思う。
人々の顔がまるい。文字もタミル語でまるい。
プリペイドタクシーの場所に連れて行ってくれたおっさんといい、なんだか親切な気がする。
「Meals Ready」の看板を掲げる食堂にわくわく。40Rsとか素敵。
明日食べようと思い、とりあえずチェンナイ駅前に宿を探すが、結構いっぱい。
がっはっはとイイ声で豪快に笑うリクシャのおっさんに任せて、350Rsの宿へ。いいやつだ。
しかし、部屋のベッドはダブルだけど窓は締まらんし、ごみは散乱してるし、シャワーは出ないし、
おまけにでっかいネズミが出没する。もう何でも来い。
まあ今日は仕方ない、と思って寝る。けっこう図太いわたし。
「インドで1日に何個もつめこむのは間違ってるとおもう。1日1個の用事を片すだけでいいのである。」
朝ごはんに、パハルガンジのマダンカフェ?でBrownbreadのトーストとトマトスープを食べる。
トマトスープは青臭くて残してしまった。
前に来たときにもここでインド初めての朝ごはんを食べた。
なぜならば朝早くからやっているからだ。うまいわけでは決してない。
物乞いに野良牛、パワーカット(停電)、断水、紙のないトイレ。
ああインドだねえと噛み締めながらゆっくりと馴らしてゆく。
プラプラとパハルガンジを歩いていたら、気さくに声をかけてくるカシュミールのにいちゃん。
こいつについて行って狭い店に入り、一緒に写真を撮ったり住所交換したり。
しかし挙句、ちゃちい手編みのポーチを500Rsで買わされた。
拒否ってもよかったけど、「あーあ、こういう展開わかってたのにやっちまったー」
の、勉強代として払いました。値切ってこの値段だからね。どんだけ吹っかけるねん。
自分への戒めとする。まあまあ、初日はぼんやりと始まりますよってことで。
あ、でも、帰国後こいつからほんとに手紙来た。「Friends!」
以前ヴァラナシであったラビっていう青年とメインバザールですれ違って挨拶したり、
早くもスカイプしたりして時間をつぶし、空港へと向かう。
パヤルから宮部みゆき「理由」を持ち出して。
あっという間にチェンナイに着く。蒸し暑い。そして雨。じめじめむしむしと梅雨の気候。
北は明らかに一応冬だったけれど、南は常夏なのだなと思う。
人々の顔がまるい。文字もタミル語でまるい。
プリペイドタクシーの場所に連れて行ってくれたおっさんといい、なんだか親切な気がする。
「Meals Ready」の看板を掲げる食堂にわくわく。40Rsとか素敵。
明日食べようと思い、とりあえずチェンナイ駅前に宿を探すが、結構いっぱい。
がっはっはとイイ声で豪快に笑うリクシャのおっさんに任せて、350Rsの宿へ。いいやつだ。
しかし、部屋のベッドはダブルだけど窓は締まらんし、ごみは散乱してるし、シャワーは出ないし、
おまけにでっかいネズミが出没する。もう何でも来い。
まあ今日は仕方ない、と思って寝る。けっこう図太いわたし。
「インドで1日に何個もつめこむのは間違ってるとおもう。1日1個の用事を片すだけでいいのである。」
★印度ヨガ修行記(1日目)18Dec2010
前日まで2劇の新人公演を手伝い、よい公演だなあと噛み締めてのフライト。
最後の晩餐には4人でご飯を囲みました。
胡麻和えほうれん草、さば塩焼き、鶏肉とカリフラワーと舞茸オイスター炒め、
ソーミンチャンプル、しいたけの味噌汁、ツナトマト、エビのイカスミパスタ。
全部おいしかった。ケーキまでいただいて。
極寒の我が家でひと冬を越す同居人に、赤外線ヒーターを置いてきた。
自分はよく泣くけれど、泣かれるとどうしたらいいのかわからず、ただ、抱擁する。
「涙が出るほどさみしいし、心のはしっこのへんを日本においてきた感じだけど、
でもむこうの心のはしっこをかわりにのっけてきたような気もする。交換したような。
今回はほとんど搭乗に際してキンチョーもしなかったし、なんか、地に足がついているのは、
そういった理由なのだろうか。まあ、2回目だし。」
人生2度目のエアインディアに乗り込み、チャットモンチーの「告白」を聞きながら、
かっこいい坊さんがタイガービールを飲むなどしているのを眺める。
インド旅では禁酒を誓ったわたしは、ラストビアとしてハイネケンをいただく。
つまみにチャナダルの辛いスナック菓子を食べる。かなりうまい。
隣のインド人老夫婦に、袋が開かんから開けてくれと言われ、あける。おもしろい。
辛いチャナを食べながら、今回は甘いビスケットを食べすぎないようにしようと固く心に誓う。
香港での美しい夕焼けにいちいち感動する。この辺りは、ちょっと感傷的になっていた模様。
朝、「ほんまにインド行くって感じやな」と言われたけれど、そんな気はその時点ではほとんどしていなくて、
関空に着いて、チェックインしようとするあたりで少し実感わいてきた感じ。
本当は、機内に乗り込んで、ヒンディー語を聞いてからのような気がする。
語尾の上がるあの感じ。キャビンアテンダントのサリーのおねーさん、超超ビジンであった。
ヨガをマスターするには全然短いけれど、日本を離れるにはちょっと長い旅が始まる。
帯に短したすきに長し。しかも予定上は全然観光ナシ。
「でも観光、そんな好きじゃないと思う。行ったら行ったで、観光地もイイんだけど、
ガイドブックに載ってるのを確かめに行くだけって感じが、あまり。
それよりも、1か所に滞在して、現地の人とは言わないまでも、
風土に合わせて『生活』をするのが、いいなあと思う。生活がすきなんだよなあ。」
旅のお供、「ムーミン谷の仲間たち」の中の、「ニョロニョロのひみつ」秀逸でした。
ちょっと考えてることと近くて。
そうこうしているうちに、エアインディアA315は無事、
キレイになったインディラガンディー空港に到着し、パハルガンジはPAYALへ。
空港でバックパックのカラビナを盗られ、メーターの壊れたTAXIに乗り込み35分程。
懐かしいかおりだ。牛!犬!うんこ!!
今回は道々のバスに書かれたかわいいヒンディイラストや、かっこいいシク教の運ちゃん、
ぎらぎらした電光掲示板なんかをゆっくり見れる余裕があり、1年間での自分の成長におもいを馳せる。
「緊張していないし、ムダに力が入っていなくて、人を疑いすぎないかんじだ。よきかな。」
グローバル携帯のメール投稿でやたらとtweetしてしまった。早くも料金が恐ろしく感じる。
パハルガンジは何となくきれいになっていた。
1年前に行ったときには、道端に寝ている人を見て死んでるんでは?!とか思ったり、
野良犬にビビったりしていたなと思う。今もビビるけど。
パヤルにて、Deepackさんの日本語にほっこり。デリーは寒いかと思っていたが、
普通に長袖1枚で大丈夫だった。
12時には就寝。翌日は一路チェンナイへ。
最後の晩餐には4人でご飯を囲みました。
胡麻和えほうれん草、さば塩焼き、鶏肉とカリフラワーと舞茸オイスター炒め、
ソーミンチャンプル、しいたけの味噌汁、ツナトマト、エビのイカスミパスタ。
全部おいしかった。ケーキまでいただいて。
極寒の我が家でひと冬を越す同居人に、赤外線ヒーターを置いてきた。
自分はよく泣くけれど、泣かれるとどうしたらいいのかわからず、ただ、抱擁する。
「涙が出るほどさみしいし、心のはしっこのへんを日本においてきた感じだけど、
でもむこうの心のはしっこをかわりにのっけてきたような気もする。交換したような。
今回はほとんど搭乗に際してキンチョーもしなかったし、なんか、地に足がついているのは、
そういった理由なのだろうか。まあ、2回目だし。」
人生2度目のエアインディアに乗り込み、チャットモンチーの「告白」を聞きながら、
かっこいい坊さんがタイガービールを飲むなどしているのを眺める。
インド旅では禁酒を誓ったわたしは、ラストビアとしてハイネケンをいただく。
つまみにチャナダルの辛いスナック菓子を食べる。かなりうまい。
隣のインド人老夫婦に、袋が開かんから開けてくれと言われ、あける。おもしろい。
辛いチャナを食べながら、今回は甘いビスケットを食べすぎないようにしようと固く心に誓う。
香港での美しい夕焼けにいちいち感動する。この辺りは、ちょっと感傷的になっていた模様。
朝、「ほんまにインド行くって感じやな」と言われたけれど、そんな気はその時点ではほとんどしていなくて、
関空に着いて、チェックインしようとするあたりで少し実感わいてきた感じ。
本当は、機内に乗り込んで、ヒンディー語を聞いてからのような気がする。
語尾の上がるあの感じ。キャビンアテンダントのサリーのおねーさん、超超ビジンであった。
ヨガをマスターするには全然短いけれど、日本を離れるにはちょっと長い旅が始まる。
帯に短したすきに長し。しかも予定上は全然観光ナシ。
「でも観光、そんな好きじゃないと思う。行ったら行ったで、観光地もイイんだけど、
ガイドブックに載ってるのを確かめに行くだけって感じが、あまり。
それよりも、1か所に滞在して、現地の人とは言わないまでも、
風土に合わせて『生活』をするのが、いいなあと思う。生活がすきなんだよなあ。」
旅のお供、「ムーミン谷の仲間たち」の中の、「ニョロニョロのひみつ」秀逸でした。
ちょっと考えてることと近くて。
そうこうしているうちに、エアインディアA315は無事、
キレイになったインディラガンディー空港に到着し、パハルガンジはPAYALへ。
空港でバックパックのカラビナを盗られ、メーターの壊れたTAXIに乗り込み35分程。
懐かしいかおりだ。牛!犬!うんこ!!
今回は道々のバスに書かれたかわいいヒンディイラストや、かっこいいシク教の運ちゃん、
ぎらぎらした電光掲示板なんかをゆっくり見れる余裕があり、1年間での自分の成長におもいを馳せる。
「緊張していないし、ムダに力が入っていなくて、人を疑いすぎないかんじだ。よきかな。」
グローバル携帯のメール投稿でやたらとtweetしてしまった。早くも料金が恐ろしく感じる。
パハルガンジは何となくきれいになっていた。
1年前に行ったときには、道端に寝ている人を見て死んでるんでは?!とか思ったり、
野良犬にビビったりしていたなと思う。今もビビるけど。
パヤルにて、Deepackさんの日本語にほっこり。デリーは寒いかと思っていたが、
普通に長袖1枚で大丈夫だった。
12時には就寝。翌日は一路チェンナイへ。
むらむら
近頃の寒暖の激しさのように、わたしの心境の変化も目まぐるしいものがあり、
自分でもまったくついていけない。
きのうは酔っぱらった人の明晰な言動に劣等感を(何故か?)おぼえてしまい、
それをそのまま今朝まで引きずって、恐らく自分に、いらいらとしていた。
気分にムラがありすぎです。
悔しいので走って、ついでに部屋も片づけてみた。
ああもう、これはホルモンバランスなのか?ただの情緒不安定なのか?
あたまわるくてかなしくなる。
そんなダメダメな自分を愛してあげる余裕が、今はないんだなあと思う。
インドではそんなことなかったよなあとふと考えたりしますが、
いや、あったあった。結構、不安定だった気がする。
思考が単純化していただけではないだろうか。
インドで付けた日記をまとめて、こちらに残しておこうと思います。
わたしはいま、芝居も(多分)したいし、踊りたいし、卒論も書きたいし、
痩せたいし、お仕事もがんばりたいんだけど、
日常を適当にしたとたんに全部がダメになってしまう。
早寝早起きとか。ごはんちゃんと食べるとか。
なので、そういうことを見直すために、インドのことをもう一度振り返ろうと思って。
ともすれば夢の中の出来事のように感じられてしまう、
今はもう半年ほど前のこと。
印度旅行記のタイトルの頭には、★をつけて読みやすくしておきます。
自分でもまったくついていけない。
きのうは酔っぱらった人の明晰な言動に劣等感を(何故か?)おぼえてしまい、
それをそのまま今朝まで引きずって、恐らく自分に、いらいらとしていた。
気分にムラがありすぎです。
悔しいので走って、ついでに部屋も片づけてみた。
ああもう、これはホルモンバランスなのか?ただの情緒不安定なのか?
あたまわるくてかなしくなる。
そんなダメダメな自分を愛してあげる余裕が、今はないんだなあと思う。
インドではそんなことなかったよなあとふと考えたりしますが、
いや、あったあった。結構、不安定だった気がする。
思考が単純化していただけではないだろうか。
インドで付けた日記をまとめて、こちらに残しておこうと思います。
わたしはいま、芝居も(多分)したいし、踊りたいし、卒論も書きたいし、
痩せたいし、お仕事もがんばりたいんだけど、
日常を適当にしたとたんに全部がダメになってしまう。
早寝早起きとか。ごはんちゃんと食べるとか。
なので、そういうことを見直すために、インドのことをもう一度振り返ろうと思って。
ともすれば夢の中の出来事のように感じられてしまう、
今はもう半年ほど前のこと。
印度旅行記のタイトルの頭には、★をつけて読みやすくしておきます。



